こんにちは。リュウタロウ先生です。東京芸大休学中の作曲家です。
AI作曲はダメとかよく聞きますが…一方で、古今東西の音楽を学習して出来上がっているものなので、分析すると意外と作曲の勉強になったりします。
本記事ではAI作曲で作られた楽曲の音楽理論的側面を分析していきます。
今回取り上げるのは flehmen の「Zero Gravity」。ソロプロジェクト「紫炎のモナムール」の持ち曲で、歌のないインストゥルメンタルです。キーは B♭マイナー、BPM は 167。この数字、どこかで見た覚えがありませんか。そう、以前この連載で取り上げた 「YAIBA」 とまったく同じです。同じ調、同じテンポ。ところが二曲は、設計思想がきれいに正反対なのです。
土台が、毎回動きます
本曲のコード進行は B♭m → G♭ → A♭ → E♭m です。四つの和音で一巡し、これを繰り返します。
「YAIBA」の記事で私は「土台の音が一度も動かない」と書きました。ルート(和音の最低音)が B♭ に固定され、動くのは上に載る色だけだ、と。「Zero Gravity」はその逆をやります。ルートは B♭ → G♭ → A♭ → E♭ と、和音が替わるたびに別の場所へ移る。同じ B♭マイナーの曲なのに、片方は地面に杭を打ち、片方は杭を打たずに歩き続けている。
着地を、毎回すり抜けます
では、ただ動いているだけかというと、そうではありません。この四つの並びには仕掛けがあります。
B♭マイナーの中で見ると、G♭ は ♭VI、A♭ は ♭VII の和音です。♭VI → ♭VII と来たら、耳は次に 主和音 B♭m への着地 を期待します。ロックのマイナーキーでよく使われる、あの力強い解決の形です。
ところが本曲は、そこで B♭m に降りません。E♭m(iv)へ横滑りする。期待された着地点を、すっと避けるのです。そして一巡して B♭m が鳴るときには、それは「帰ってきた」というより「また出発する」の位置になっている。主和音は始点であって、終点ではない。
つまりこの進行は、一巡ごとに「降りるぞ」という気配を作っては、降りない。曲名の Zero Gravity(無重力)は、この和声の運動をそのまま言い当てています。浮いたまま、降りてこない。
【ワンポイント】言葉のない歌
歌の形をしているのに歌詞がない、という音楽には古い先例があります。メンデルスゾーンの『無言歌集』は、ピアノのための小品でありながら「歌」の旋律と伴奏の形をそのまま保っており、1830年代から40年代にかけて全8巻が出版されました。旋律が言葉を失っても、歌としての骨格は残る ― 本曲を聴くときに、ちょっと思い出してほしい系譜です。
歌の形が、残っています
本曲にはもうひとつ、構造上の特徴があります。もともと歌ものとして設計され、のちにインストになった経緯を持つ曲であること。公開されている紹介文にもそう書かれています。
だから聴いてみると分かるのですが、曲の骨格は「歌もの」のままです。Verse にあたる区間、Chorus にあたる区間、Bridge にあたる区間 ― 歌が乗るはずだった場所が、そのまま残っている。そしてその場所を、ギターが埋めている。歌メロの跡を、速いレガートのリードギターが走り抜ける。
スタイルの設計は、ネオクラシカル寄りのインストゥルメンタル・ロックです。動き続けるマイナーのコード進行の上を速いギターが泳ぎ、曲の中に複数の章がある組曲的な構成になっています。速弾きが主役なので、ベースとドラムは土台に徹する。動く土台の上で、ギター一本だけが前に出ている。
二曲を並べると、設計が見えます
「YAIBA」と「Zero Gravity」を続けて聴いてみてください。同じ B♭マイナー、同じ 167。
「YAIBA」は土台を固定し、推進力をリズムとリフに預けました。だから疾走しながら重い。「Zero Gravity」は土台を動かし続け、着地を毎回すり抜ける。だから疾走しながら浮いている。同じ材料から、逆の質感が出る。コード進行をどう扱うかだけで、ここまで違う ― これは作曲を学ぶうえで、かなり分かりやすい対照例だと思います。
結
「Zero Gravity」を聴くときは、一巡ごとに来る「降りそうで降りない」瞬間を数えてみてください。♭VI → ♭VII と上がって、主和音へ落ちるかと思えば E♭m へ逸れる。その繰り返しが、この曲を空中に留めています。
いかがだったでしょうか?
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