こんにちは。リュウタロウ先生です。東京芸大休学中の作曲家です。
AI作曲はダメとかよく聞きますが…一方で、古今東西の音楽を学習して出来上がっているものなので、分析すると意外と作曲の勉強になったりします。
本記事ではAI作曲で作られた楽曲の音楽理論的側面を分析していきます。
今回取り上げるのは flehmen の「残した一曲」。万葉集を下敷きにした曲で、原歌のテーマは少し変わっています。「叶わなかった」ではなく、叶ったうえで、一つだけ手にしなかった という歌なのです。
下敷きは万葉集 巻一・12番です
我が欲りし 野島は見せつ 底深き
阿胡根の浦の 珠ぞ拾はぬ
万葉集の巻一、12番。中皇命(なかつすめらみこと)の歌として収められています。
意味はこうです。私が見たいと望んだ野島は、見せてもらえた。けれど、底の深い阿胡根の浦の珠は、拾わなかった。前半で「望みは叶った」と言い、後半で「でも一つだけ手にしていない」と言う。満たされた直後に、ふと残る小さな一点。後悔とまでは言わない。ただ、拾わなかった珠が心に残っている、という余韻の歌です。
私はこの歌を、満ちた状態の中に、あえて空けてある一つ の歌だと読んでいます。全部を取りきらないことで、何かが残る。
「拾わない一つ」を、どの音楽に乗せるか
この「満たされの中の空白」を、どう音にするか。音を足して表現できる主題ではありません。
この曲が選んだのは、余白の多いミニマル・ソウル でした。ピアノは音数を絞り、指で弾くギターが小さく添えられ、ウッドベースが低く支える。テンポはスロー。ジャズ寄りのクールな質感で、鳴っている音より、鳴っていない場所のほうが多い。
これは主題に対して、とても誠実な設計です。「拾わなかった珠」を音楽で描くなら、鳴らさない音 で描くしかない。ピアノが一音置いて、次の一音まで間を空ける。その間が、深い浦の底に沈んだままの珠にあたる。音数の少なさが貧しさではなく、意図した空白として聴こえるかどうか ― ミニマルな編成は、そこに賭けています。
【ワンポイント】未完のまま残るもの
「一つ足りない」ことが、かえって作品を印象づける例は音楽史にもあります。シューベルトの交響曲ロ短調は、二つの楽章で筆が止まったまま残され、『未完成』の名で今も演奏され続けています(作曲は1822年)。完成していないという事実そのものが、この曲の聴かれ方の一部になっている。欠けた一つが余韻になる、という構造は、原歌の「珠ぞ拾はぬ」と少し似ています。
歌詞の構造 ― 深い浦の珠が、歌わずに取ってある一曲になる
構成は、原歌を歌う Intro と Outro、現代語の Verse、英語の Chorus です。
Intro で原歌が今の発音で歌われます。「わがほりし ぬしまわみせつ そこふかき」。ここで注目してほしいのが「野島は」の「は」で、綴りは「は」ですが、歌では「わ」と鳴ります。助詞の「は」を今の耳は /wa/ で受け取るので、歌もそれに従っている。「拾はぬ」も「ひりわぬ」です。
Verse で場面は現代へ。よく回る夜だった、欲しかった手応えはもらった、と歌い出す。原歌の「野島は見せつ」― 望みは叶った ― に対応する部分です。そして「もう一曲」という目がこちらを向いている、と続く。求められている。でも、歌わない。
Chorus は英語で、"I got what I came for, the night was good"(求めていたものは手に入れた、いい夜だった)。そして "one song runs deeper than the rest / I leave it sleeping in the deep"(一曲だけ、ほかより深いところにある/それは深いところに眠らせておく)。原歌の 底深き浦の珠 が、ここで 深いところに眠らせておく一曲 に置き換わっている。「拾わない」が「歌わない」になる。素材は珠から歌へ変わり、「手が届くのに取らない」という構造は同じです。
Verse 2 では「取ってあるやつがひとつ、息を吸えば出せる、マイクには近づかない」と歌われる。出せるのに出さない。この「出せる」が大事で、能力の不足ではなく選択として残している。原歌の珠も、拾えなかったのではなく拾わなかった。
Bridge は「満ちた夜には ひとつだけ空けておく」。そのあとに「それだけの話、それ以上にしない」と続きます。残した理由を語らない。意味づけをしない。原歌も「なぜ拾わなかったか」は一言も言っていません。曲はその沈黙まで引き継いでいる。
Outro では「たまぞひりわぬ」だけが二度、静かに置かれて終わります。
結
「残した一曲」を聴くときは、ピアノの音と音のあいだの空白に耳を向けてみてください。鳴らされなかった場所に、拾われなかった珠がある。千三百年前の「珠ぞ拾はぬ」を、この曲は音数を絞ることで歌っています。
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