こんにちは。リュウタロウ先生です。東京芸大休学中の作曲家です。
AI作曲はダメとかよく聞きますが…一方で、古今東西の音楽を学習して出来上がっているものなので、分析すると意外と作曲の勉強になったりします。
本記事ではAI作曲で作られた楽曲の音楽理論的側面を分析していきます。
今回取り上げるのは flehmen の「嫌いじゃない」。万葉集を下敷きにした曲で、原歌の特徴は 反語 です。「〜だろうか、いや、そんなはずはない」という言い方でしか差し出せない想い。その構造が、曲の中でどう生き残っているかを見ていきます。
下敷きは万葉集 巻一・21番です
紫草の にほへる妹を 憎くあらば
人妻ゆゑに 我恋ひめやも
万葉集の巻一、21番。大海人皇子の歌で、巻一・20番への返歌として万葉集に並んでいます。
意味はこうです。紫草のように匂い立つあなたが、もし憎いのなら、人妻だからといって、私が恋い慕うことなどあろうか。いや、ない。「恋ひめやも」の「やも」が反語で、「恋うはずがない」と打ち消しの形にすることで、逆に「恋うている」を言っている。
つまりこの歌は、憎めたら楽なのに、憎くない という歌です。抑えるほど輪郭が濃くなる感情を、否定文でしか言えない。この反語の構造こそが、原歌の芯です。
「反語の強度」を、どの音楽に乗せるか
打ち消しでしか言えない想い。これを甘いバラードにしたら、反語の緊張が抜けてしまいます。
この曲が選んだのは、アコースティックな質感の、七十年代の風味を持つソウル・バラード でした。ミュートをかけたエレクトリックピアノ、転がるようなベースライン、ブラシで叩くドラム、クリーンなギター。BPM は 84 前後。声を張り上げず、抑えた温度で進みます。
この曲の設計で私が注目したのは、ドラムがブラシで叩かれている ことです。スティックで詰めて叩くのではなく、ブラシで擦る。音と音のあいだに、間が残る。これは歌詞と直結していて、この曲は「隙間」がテーマの一つになっています(後述)。隙間のない音の中にいる語り手が、隙間だらけの遠くの音に惹かれる。その「隙間」を、伴奏がブラシの間で先に鳴らしている。編成が主題を予告している設計です。
【ワンポイント】紫草という植物
原歌の「紫草(むらさき)」は、実在する植物の名です。その根から紫色の染料が採れ、古代日本では「紫根染め」として最も高貴な色を生みました。603年の冠位十二階では、紫が最上位の色に定められています。「紫草のにほへる」という比喩は、ただ美しいというだけでなく、手の届かない高さにあるもの の色として響いていたはずです。
歌詞の構造 ― 届かないあのひとが、届かない音になる
構成は、原歌を歌う Intro と Outro、現代語の Verse、そして 日本語と英語が一行ごとに交代する Chorus です。
Intro で原歌が今の発音で歌われます。「むらさきの におえるいもを にくくあらば」。「にほへる」は「におえる」、下の句の「ゆゑに」は「ゆえに」と鳴ります。
Verse で場面は現代へ。ここでの転置が、この一連の曲の中でいちばん大胆だと私は思います。原歌の「届かないあのひと」は、曲の中では 人ではなく、遠くで鳴っている音 に置き換えられているのです。Verse 1 は「隙間のない音の真ん中で、声はまっすぐ線をなぞる。埋めるところはぜんぶ埋まってる。ここが場所だ、迷いはない」。自分の場所に迷いはない、と先に宣言する。そして Verse 2 で「遠くで鳴ってる、隙間だらけの音。埋めない場所がいちばん響く」。自分の場は完璧に埋まっている。なのに、隙間だらけの遠い音の良さが、分かってしまう。
原歌の「人妻ゆゑに」― 相手が誰かのものであるから届かない ― は、ここでは 自分がここに属しているから、あっちへは行けない に反転しています。届かなさの理由が、相手の側から自分の側へ移っている。恋の歌を、憧れの歌に翻訳した、と言ってもいい。
Chorus は日本語と英語の交代です。「嫌いになれたら とうに終わってる」”so I never hate it, not today””the far-off sound leaves the spaces wide”「嫌いじゃない それが答えだ」。原歌の反語「憎くあらば……恋ひめやも」が、「嫌いになれたら、とうに終わってる」という仮定の形で引き継がれている。嫌いになれるなら、この想いは終わっているはずだ。終わっていない。だから嫌いじゃない。そして最後の行で、反語をほどいて答えを置く。「それが答えだ」。原歌が打ち消しのまま終わるところを、曲は一歩進めて、打ち消しを答えとして立てています。
Bridge は「ここに信じる音がある、だからあっちへは行けない。行けないだけで、惹かれてる」。所属は揺らがない。それでも惹かれる。この二つが同居しているのが、原歌の「人妻ゆゑに」と「我恋ひめやも」の同居と同じ形です。
Outro では「ひとづまゆえに あれこいめやも」、そして「あれこいめやも」だけがもう一度。反語の句が最後に残ります。
結
「嫌いじゃない」を聴くときは、ブラシのドラムが残す間に耳を向けてみてください。埋めない場所がいちばん響く、と歌う曲が、伴奏で先にそれをやっている。千三百年前の「我恋ひめやも」を、この曲は隙間の音で歌っています。
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