こんにちは。リュウタロウ先生です。東京芸大休学中の作曲家です。
AI作曲はダメとかよく聞きますが…一方で、古今東西の音楽を学習して出来上がっているものなので、分析すると意外と作曲の勉強になったりします。
本記事ではAI作曲で作られた楽曲の音楽理論的側面を分析していきます。
今回取り上げるのは flehmen の「今夜が澄むように」。万葉集を下敷きにした曲で、原歌は壮大な夕景から始まります。ただ、この歌の重心は夕日ではありません。夕日が沈んだ あと にあります。
下敷きは万葉集 巻一・15番です
綿津海の 豊旗雲に 入日さし
今夜の月夜 さやけかりこそ
万葉集の巻一、15番。天智天皇(中大兄皇子)の歌として伝わる一首です。
意味はこうです。海の上、旗のようにたなびく大きな雲に夕日が差している。今夜の月は、どうか清く澄んでいてほしい。「綿津海(わたつみ)」は海のこと、「豊旗雲」は豊かに旗のように広がる雲。上の句は目の前の壮麗な夕景、下の句は、これから来る夜への願いです。
面白いのは構造で、上の句と下の句のあいだに 時間の段差 があります。大きなものが終わっていく。その直後に、次に来るものが澄んでいますように、と願う。クライマックスの歌ではなく、クライマックスの あとの静けさ への祈りの歌なのです。
「終わったあとの祈り」を、どの音楽に乗せるか
出し切ったあとの願い。これをどう音にするか。
この曲が選んだのは、ゴスペルの風味を持ったスロー・ナンバー でした。ラップスチール・ギター、ハモンドオルガン、ウッドベース、ブラシで叩くドラム。BPM は 76 前後。祈りの音楽といえばゴスペルですが、この曲のゴスペルは合唱で歌い上げる形ではなく、スチールギターの滲みが祈りを担う 形です。
これは主題との一致という点で、とてもよくできています。原歌の「さやけかりこそ」は、叫ぶ祈りではない。夕日を見送った人が、小さく口にする願いです。だから高揚は声で作らず、スライドする弦の滲みとオルガンの持続音で作る。声が前に出すぎない。出し切った人の、残った息で歌う 音像になっています。
【ワンポイント】スチールギターが「歌う」教会
ゴスペルとスチールギターの組み合わせには、実際の系譜があります。アメリカ南部の一部の教会では、1930年代ごろからラップスチールやペダルスチールが礼拝の中心楽器として育ち、会衆の歌に応えるように旋律を「歌う」様式が生まれました。「セイクリッド・スティール」と呼ばれるこの伝統では、弦の滲みが声の代わりを務めます。本曲のラップスチールが祈りに聴こえるのは、この系譜の上にあるからです。
歌詞の構造 ― 沈む入日が、出し切った一日になる
構成は、原歌を歌う Intro と Outro、現代語の Verse、英語の Chorus です。
Intro で原歌が今の発音で歌われます。「わたつみの とよはたぐもに いりひさし」。下の句の「今夜」は「こよい」と鳴ります。「こよひ」ではなく、耳に届く音のほうで。
Verse で場面は現代へ。最後の曲を出し切って、喉には何も残っていない。裏口を出た先の空で、大きな一日が終わっていく。原歌の 豊旗雲に差す入日 が、ここでは 出し切った一日の終わり に置き換わっています。壮麗な夕景を、壮麗な夕景として描き直すのではなく、「出し切った」という身体の感覚に翻訳している。ここが転置の要です。
Chorus は英語で、"gave it all away, down to the last roar"(最後のひと声まで、全部出した)と始まり、"the day burns out along the clouds"(一日が雲に沿って燃え尽きていく)と続きます。夕日を「燃え尽きる」と言い換えているのが、出し切った身体と重なる。そして "let tonight be clear, let it be clear" ― 今夜が澄みますように。原歌の「さやけかりこそ」が、そのまま英語の hook になっています。
Bridge が、この曲の芯です。「願いというほどでもない、ただ出し切ってからの帰り道、月が出るならはっきり見えるくらいがいい」。祈りを、祈りと呼ばない。願いの温度をぎりぎりまで下げて、「はっきり見えるくらいがいい」という小さな言い方にする。原歌の「さやけかりこそ」も、大きな夕日のあとに置かれた、控えめな一句でした。この控えめさを曲は正確に写しています。
Outro では「こよいのつくよ さやけかりこそ」、そして「さやけかりこそ」だけがもう一度。願いの句だけが残って、曲が閉じます。
結
「今夜が澄むように」を聴くときは、ラップスチールの音が声より前に出ている瞬間に耳を向けてみてください。出し切ったあとの祈りを、弦の滲みが代わりに歌っている。千三百年前の「さやけかりこそ」を、この曲は声を張らないことで歌っています。
いかがだったでしょうか?
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