【解説】”結び目” ― 岡の草を結ぶ祈りが、深夜のジャズになるまで

こんにちは。リュウタロウ先生です。東京芸大休学中の作曲家です。

AI作曲はダメとかよく聞きますが…一方で、古今東西の音楽を学習して出来上がっているものなので、分析すると意外と作曲の勉強になったりします。

本記事ではAI作曲で作られた楽曲の音楽理論的側面を分析していきます。

今回取り上げるのは flehmen の「結び目」。万葉集を下敷きにした曲で、今回の原歌には「所作」があります。草を結ぶ、という手の動きです。その動きが、曲の中でどう生き残っているかを見ていきます。

下敷きは万葉集 巻一・10番です

君が代も 我が代も知るや 磐代の
岡の草根を いざ結びてな

万葉集の巻一、10番。中皇命(なかつすめらみこと)の歌として収められています。紀伊への旅の途上で詠まれたとされる一首です。

意味はこうです。あなたの命も私の命も見守ってきた磐代(いわしろ)の岡の草を、さあ、結んでおこう。古代には、草や松の枝を結んで旅の無事や再会を祈る習わしがありました。離れても解けないように、いま自分の手で結んでおく。願いを言葉で言うのではなく、手の動きにする。それがこの歌の芯です。

「結ぶ所作」を、どの音楽に乗せるか

願いを「言う」歌ではなく「結ぶ」歌。作曲家として面白いのはここです。声高な祈りにすると、原歌の静かな手つきが消えてしまう。

この曲が選んだのは、煙るような深夜のジャズ・バラード でした。ウォーキングベースが歩き続け、ブラシが小さく擦れ、ミュートをつけたトランペットが遠くで鳴る。テンポはスローからミッドの間。大きな身振りは一つもありません。

この選択の要は、ウォーキングベースだと思います。四分音符で歩き続けるベースは、ジャズの中でも「止まらない時間」を担う楽器です。旅は続く、時間は過ぎる、誰かは明日発つ。その止まらない流れの上で、結ぶ手だけが一瞬止まる。流れ続ける低音と、結ぶという静止した所作 の対比。原歌の「君が代も我が代も」― 過ぎていく時間 ― と「いざ結びてな」― いま結ぶ ― の関係が、そのまま編成に写されています。

【ワンポイント】磐代で結ばれた、もう一つの草
磐代という土地は、万葉集にもう一首、よく知られた歌を残しています。巻二・141番、有間皇子の「磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また還り見む」。松の枝を結んで「無事であったら、また戻ってこれを見よう」と祈る歌です。草や枝を結ぶことが旅の無事を願う所作だったことが、この二首を並べるとよく分かります。同じ土地で、同じ所作が、違う人の手で繰り返されている。

歌詞の構造 ― 岡の草が、切れた弦になる

構成は、原歌を歌う Intro と Outro、現代語の Verse、英語の Chorus です。

Intro で原歌が今の発音で歌われます。「きみがよも わがよもしるや いわしろの」。「磐代」は「いわしろ」と、綴りの「いはしろ」ではなく音のほうで。

Verse に入ると場面は現代へ。看板の灯りが落ちるころ、明日発つ誰かが隅にいた、という夜。名前は聞かないまま、二度目の歌を開く。原歌の「旅の途上で共にいる相手」は、ここでは 名前も知らない、明日発つ誰か に置き換わっています。関係を説明しないのがこの曲のうまさで、「誰と」ではなく「結ぶ」という行為だけが残る。

Chorus は英語です。"instead of see-you-again, I tie a knot" ― 「またね」の代わりに、結び目を作る。そして "a broken string around the stand"(切れた弦を、スタンドに巻いて)。ここが転置の核心で、原歌の 岡の草 は 切れた弦 になっています。旅人が草を結んだように、今夜の誰かは切れた弦を結ぶ。素材は変わっても、「手元にあるものを結んで、しるしにする」という所作は千三百年変わっていない。

Verse 2 では「弦は短い それでも結ぶ」と歌われる。短い弦で作る小さな結び目。Chorus にも "a mark too small for anyone to see"(誰にも見えないほど小さなしるし)とあります。原歌の草結びも、目立つものではなかったはずです。

Bridge が、この曲でいちばん万葉的だと私は思います。「ほどけるかどうかは 夜にまかせる」。結ぶところまでが自分の仕事で、結果は問わない。原歌の「いざ結びてな」も、結んだあとのことは何も言っていない。願いを願いのまま置いて、結果を確約しない。この距離感を、曲は正確に引き継いでいます。

Outro では「おかのくさねを いざむすびてな」、そして「いざむすびてな」だけがもう一度。所作の句だけが残って、曲が閉じる。

結

「結び目」を聴くときは、ウォーキングベースが一度も歩みを止めないことと、その上で「結ぶ」瞬間だけが静止することに耳を向けてみてください。流れる時間と、結ぶ手。千三百年前の「いざ結びてな」を、この曲は低音の歩みと小さな所作の対比で歌っています。

いかがだったでしょうか?
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