こんにちは。リュウタロウ先生です。東京芸大休学中の作曲家です。
AI作曲はダメとかよく聞きますが…一方で、古今東西の音楽を学習して出来上がっているものなので、分析すると意外と作曲の勉強になったりします。
本記事ではAI作曲で作られた楽曲の音楽理論的側面を分析していきます。
今回取り上げるのは flehmen の「やまない音」。以前この連載で扱った 「いろはフロウ」 と同じく、古い日本語の歌が下敷きになっている一曲です。今回の下敷きは、いろは歌よりさらに古い。万葉集です。
下敷きは万葉集 巻一・6番です
山越しの 風を時じみ 寝る夜おちず
家なる妹を かけて偲ひつ
万葉集の巻一、6番。作者は軍王(いくさのおおきみ)と伝わる人物で、その前に置かれた長歌(5番)に添えられた反歌です。
意味を今の言葉にすると、こうなります。山を越えて吹いてくる風が、時を選ばず鳴りやまない。だから眠れる夜がひと晩もない。その眠れない夜のたびに、家に残してきたあのひとを心にかけて想っている。「時じみ」は「絶え間なく」、「寝る夜おちず」は「眠る夜が一晩も欠けることなく」。つまりこの歌は、外で止まない風の音と、内で止まない想い、二つの「止まらないもの」を重ねた歌です。
「止まらない」を、どの音楽に乗せるか
作曲家として考えるべきは、この「止まらなさ」をどう音にするか、です。
この曲が選んだのは、乾いたギターの反復を軸にした ミッドスローのブルース でした。トレモロのかかったギターが同じ型を繰り返し、その下でベースが低く持続する。派手な展開はありません。むしろ、展開しないことが設計です。
ブルースという様式は、もともと「同じ型を繰り返す」ことで成り立っています。繰り返しの中で、少しずつ熱が溜まっていく。原歌の「時じみ」― 時を選ばず、絶え間なく ― を音楽にするなら、これほど向いた様式もない。風は止まらないし、ギターの反復も止まらない。やまない、ということ自体を、反復という構造に担わせているわけです。
【ワンポイント】反歌という形式
万葉集の長歌には、しばしば末尾に短歌が一首(ときに数首)添えられます。これが反歌です。長く歌った内容の要点を、最後に短く歌い直す。本曲の下敷きである6番も、5番の長歌に添えられた反歌でした。長い語りのあとに、核だけを短く反復する ― 歌の構造としては、現代の曲でいう「サビ」の役割に少し似ています。
歌詞の構造 ― 山越しの風が、知らない街の低い音になる
歌詞の構成を見てみましょう。この曲は、原歌そのものを歌うパート(Intro と Outro)、現代語の Verse、そして 英語の Chorus でできています。
まず Intro で、原歌が今の発音で歌われます。「やまごしの かぜをときじみ ぬるよおちず」。「いろはフロウ」のときと同じ扱いで、綴りのままではなく、耳に届く音のほうに直してある。「偲ひつ」は「しのいつ」と鳴ります。
続く Verse で、場面が現代に移ります。知らない街の宿の薄い壁。夜通し何かが低く鳴っていて、眠りの入り口を塞ぐ。原歌の「山越しの風」は、ここで 旅先の夜に止まない低い音 へ置き換えられています。山の風ではなく、街の唸り。千三百年経っても、眠れない夜に鳴っているものはある、という転置です。
そして Chorus は英語です。"the noise never dies, the night rolls on" ― 音は死なない、夜は転がり続ける。原歌の「寝る夜おちず」は、"every sleepless night, I never miss one"(眠れない夜のたび、一度も欠かさない)に姿を変えている。「欠かさず想う」という原歌の芯が、そのまま英語の hook になっています。
Bridge では、喉の奥で旋律の輪郭だけをなぞる、という所作が出てきます。音にしても想いは減らない、それでもなぞる。ここが私はいちばん好きなところで、「偲ひつ」(心にかけて想い続ける)を、声に出さずに歌う という行為に変換している。想いを音楽にする、その一歩手前の姿です。
最後に Outro で、原歌の下の句「いえなるいもを かけてしのいつ」だけがもう一度戻ってくる。上の句の「風」は消え、「想い」だけが残る形で曲が閉じます。
結
「やまない音」を聴くときは、ギターの反復が一度も止まらないことに耳を向けてみてください。それは風の音であり、眠れない夜の音であり、止まり方を知らない想いの音でもある。千三百年前の「時じみ」を、この曲は反復そのもので歌っています。
いかがだったでしょうか?
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