こんにちは。リュウタロウ先生です。東京芸大休学中の作曲家です。
AI作曲はダメとかよく聞きますが…一方で、古今東西の音楽を学習して出来上がっているものなので、分析すると意外と作曲の勉強になったりします。
本記事ではAI作曲で作られた楽曲の音楽理論的側面を分析していきます。
flehmen の主題歌「オッドアイ」は、切なさと力強さという、一見相反する二つの情緒を同時に成立させています。本稿では、その印象がどこから生じるのかを、和声(コード進行)の観点から分析します。結論を先に述べると、鍵は楽曲冒頭の Ⅳ(サブドミナント) の扱いにあります。
Ⅳから始まる、という選択
切ない情緒をもつ楽曲は、主和音である Ⅰ(トニック)ではなく、その一歩手前に位置する Ⅳ(サブドミナント)から開始されることが多いです。Ⅰが解決・帰着の和音であるのに対し、Ⅳは未解決の浮遊感をもちます。冒頭を Ⅳ に置くことは、聴き手を最初から「帰着しきらない」状態に置くことを意味します。
【ワンポイント】サブドミナントとは何か
和音の役割を三つに整理したのは、19 世紀ドイツの理論家フーゴー・リーマンです。その機能和声論において、和音は「トニック(主和音・安定)」「ドミナント(属和音・緊張)」「サブドミナント(下属和音・その中間)」の三つの機能に大別されます。サブドミナントは、安定を離れ、緊張へと向かう途上にある和音です。いわば「家を出て、まだ帰っていない」状態の響き ― この宙づりの感覚こそが、切なさの源泉となります。
本曲の進行は Ⅳ→Ⅰ→Ⅵm Ⅴ→Ⅳ です。着目すべきは、Ⅳ に始まり Ⅳ へ回帰する円環構造をとっている点です。完全な解決に至らず、再び切なさの起点へ戻ります。この未解決の反復が、反復聴取を誘う牽引力として機能しています。
力強さは「音圧」から生じる
ここまでであれば、切ない楽曲の定石の範囲にとどまります。本曲が独自性をもつのは、その Ⅳ を高い音圧で、明確な存在感をもって鳴らしている点にあります。本来は儚さ・浮遊感を担うサブドミナントを、あえて強く提示します。その結果、切なさを保持したまま、そこに力強さが付与されます。すなわち、脆弱さと強さが同一和音の内部で共存します。これが「切ないのに力強い」という印象の構造的な正体です。
制作上の意図として
本曲は prompt-jukebox によるスタイル設計と SUNO による生成を経て制作しています。重要なのは、上記の Ⅳ の配置と音圧処理が、偶発ではなく明確な設計意図のもとに置かれている点です。AI を用いた制作においても、「この和音をどう響かせるか」という最終的な判断は人の手に委ねられます。本曲は、その判断が情緒の質を決定づけた一例です。
結
理論的背景を踏まえて再聴すると、冒頭の Ⅳ の響きはこれまでと異なって聞こえるはずです。切なさと力強さの共存を、聴き手自身の耳で確認してみてください。
いかがだったでしょうか?
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