こんにちは。リュウタロウ先生です。東京芸大休学中の作曲家です。
AI作曲はダメとかよく聞きますが…一方で、古今東西の音楽を学習して出来上がっているものなので、分析すると意外と作曲の勉強になったりします。
本記事ではAI作曲で作られた楽曲の音楽理論的側面を分析していきます。
今回取り上げるのは flehmen の「最後のシーン」。万葉集を下敷きにした曲で、原歌は「抗議」の歌です。ただし、抗議の相手は人ではありません。雲です。答えの返ってこない相手に、それでも言う。その構造が、曲の中でどう生きているかを見ていきます。
下敷きは万葉集 巻一・18番です
三輪山を しかも隠すか 雲だにも
心あらなも 隠さふべしや
万葉集の巻一、18番。額田王の歌で、前に置かれた長歌(17番)の反歌です。大和を離れて近江へ向かう道中で詠まれたとされます。
意味はこうです。三輪山を、こんなにも隠すのか。雲よ、せめておまえには情けがあってくれ。隠していいものか。去っていく身が、最後に目に焼き付けておきたい山を、雲が覆っていく。その雲に向かって「隠すな」と言っている。
大事なのは、雲は答えないし、雲を止めることもできない、という点です。それでも言う。見納めを遮られることへの、答えのない抗議。これが原歌の芯です。
「答えのない抗議」を、どの音楽に乗せるか
抗議の歌を、怒りの音楽にすると、原歌の切実さが消えます。相手は雲なのですから。
この曲が選んだのは、アンデスの色を持つフォーク・バラード でした。ケーナ(縦笛)、チャランゴ(小さな弦楽器)、ナイロン弦のギター、手で叩く柔らかいドラム。BPM は 72 前後。息で鳴らす笛と、小さな弦の楽器が、旋律を運びます。
ケーナの音は、私にはそのまま「霧」に聴こえました。息の音が混じる笛は、輪郭のはっきりしない音です。原歌の「雲」、曲の中の「霧」 ― 視界を奪っていくものが、音色そのものとして鳴っている。そしてチャランゴの高く乾いた音が、その霧の中で、はっきりした輪郭を保とうとする。霧の音色と、霧の中で残ろうとする輪郭 の対比。原歌の「隠す雲」と「見ようとする目」の関係が、楽器の選択に写されています。
【ワンポイント】三輪山という山 原歌の三輪山は、奈良県にある実在の山です。麓の大神神社(おおみわじんじゃ)は本殿を持たず、山そのものを神体として拝む形式で知られています。山が信仰の対象そのものだった土地で、その山を「最後にもう一度見たい」と願う。原歌の切実さの背景には、この山の重みがあります。
歌詞の構造 ― 三輪山を隠す雲が、街を隠す霧になる
構成は、原歌を歌う Intro と Outro、現代語の Verse、そして 日本語と英語が一行ごとに交代する Chorus です。
Intro で原歌が今の発音で歌われます。「みわやまを しかもかくすか くもだにも」。下の句の「隠さふべしや」は「かくそうべしや」と鳴る。「さふ」が「そう」になるのは、母音がつながって今の発音になった形です。
Verse で場面は現代へ。今日、街を出るひとがいる。いつもより遅く歩く朝。目に焼き付ける歩き方は、言葉にしなくても伝わる。原歌の 去っていく身 はそのまま残り、三輪山 は 見慣れた街 に、雲 は 霧 に置き換わっています。Verse 2 では「屋根から順にのまれていく、見慣れた通りが知らない色」と歌われる。雲が山を覆うように、霧が街を覆っていく。
Chorus は、これまでの曲と少し形が違います。日本語と英語が一行ごとに入れ替わる。「どうか最後まで 見せてあげて」"the fog rolls in and will not answer"「消える順番を 選ばないで」"so let the last look stay a little longer"。日本語の行が 願い、英語の行が 状況 を担っています。「見せてあげて」と願い、「霧は答えない」と英語が返す。願いと、答えのなさが、言語を変えて交互に鳴る。原歌の「心あらなも」(情けがあってくれ)と「隠さふべしや」(隠していいものか)の呼びかけ構造が、二つの言語で再現されている。
とくに "the fog rolls in and will not answer"(霧は流れ込んできて、答えない)という一行は、原歌の芯をそのまま言い当てています。抗議の相手は答えない。それでも次の行で、また願う。
Bridge では「手を上げたまましばらく、見えなくなってもそのまま」と歌われる。見送りは、見えなくなってからのぶんが長い。そして「覚えているほうの朝は、誰にも消せない」。霧が景色を消しても、記憶は消せない ― 原歌が言い残したことを、曲がひとつ足しています。
Outro では「こころあらなも かくそうべしや」、そして「かくそうべしや」だけがもう一度。抗議の句が最後に残ります。
結
「最後のシーン」を聴くときは、ケーナの息の音と、チャランゴの乾いた輪郭の対比に耳を向けてみてください。霧と、霧の中で残ろうとするもの。千三百年前の「隠さふべしや」を、この曲は二つの音色の距離で歌っています。
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