こんにちは。リュウタロウ先生です。東京芸大休学中の作曲家です。
AI作曲はダメとかよく聞きますが…一方で、古今東西の音楽を学習して出来上がっているものなので、分析すると意外と作曲の勉強になったりします。
本記事ではAI作曲で作られた楽曲の音楽理論的側面を分析していきます。
今回取り上げるのは flehmen の「夜の水位」。万葉集を下敷きにした曲ですが、今回の原歌は「待つ」歌であり、同時に「動き出す」歌です。静から動へ切り替わる、その一点を音楽にしています。
下敷きは万葉集 巻一・8番です
熟田津に 船乗りせむと 月待てば
潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな
万葉集の巻一、8番。額田王の歌として収められている、万葉集の中でも広く知られた一首です。熟田津(にきたつ)は伊予(いまの愛媛県)の港とされます。
意味はこうです。熟田津で船出をしようと月の出を待っていたら、潮もちょうどよく満ちてきた。さあ、今こそ漕ぎ出そう。
構造を見ると、この歌は前半が「待つ」、後半が「出る」でできています。月を待つ。潮を待つ。二つの条件が同時に揃った瞬間、「今は漕ぎ出でな」という号令が立つ。停滞の歌ではありません。満ちて、あふれる直前の緊張 の歌です。
「満ちる」を、どの音楽に乗せるか
作曲家として考えるのは、この「待つ → 揃う → 出る」の切り替わりを、どう音にするかです。
この曲が選んだのは、低く始まって少しずつ水位を上げていくアートロック でした。テンポはスローから始まり、進むにつれてミッドへ上がっていく。編成の設計も段階的で、ミュートしたギターが先に出て、そこへベースが積まれ、遅れてドラムが入ってくる。つまり、楽器が一つずつ増えていく構成そのものが「潮が満ちる」過程 になっている。
これは「ビルド」と呼ばれる手法です。最初から全部を鳴らさず、要素を足していくことで高揚を作る。原歌の「月待てば 潮もかなひぬ」― 条件が一つずつ揃っていく ― を、楽器が一つずつ揃っていくことで描く。歌の構造と曲の構造が、きれいに重なっています。
【ワンポイント】月と潮は、本当につながっている
原歌は「月を待っていたら潮も満ちた」と歌いますが、これは偶然の一致ではありません。潮の満ち引きの主な原因が月の引力であることを、ニュートンが『プリンキピア』(1687年)で説明しています。千三百年前の歌人が「月」と「潮」を並べたのは、経験としてその連動を知っていたからでしょう。歌の中で二つの条件が「揃う」のは、自然の側から見れば、一つの現象なのです。
歌詞の構造 ― 潮の満ち引きが、場の空気の満ち引きになる
構成は、原歌を歌う Intro と Outro、現代語の Verse、英語の Chorus です。
Intro で原歌が今の発音で歌われます。「にきたつに ふなのりせんと つきまてば」。「せむ」は「せん」、「潮」は「しお」、そして「今は」は「いまわ」。発音どおりに直してあるのは、これまでの曲と同じ扱いです。
Verse に入ると場面は現代へ。「出るつもりのない夜」に、隅で他人の音を聴いていた。声が引いて、合間が伸びて、部屋がひとつの方を向く。ここでの転置が見事で、原歌の「潮」は 場の空気 に置き換わっています。ざわめきが引き、静けさが満ちてくる。それが「夜の水位が床まで来た」という Verse 2 の一節につながる。潮位ではなく、夜の水位。港ではなく、小さな場。でも「満ちるまで待つ」という構造は同じです。
Chorus は英語で、"the night has its own tide, I feel it rise" ― 夜には夜の潮がある、満ちてくるのが分かる、と歌います。そして最後の行、"and when it does, I don’t wait anymore"(満ちたら、もう待たない)。これが原歌の「今は漕ぎ出でな」にあたる部分です。号令を、他人に向けて叫ぶのではなく、自分に向けて静かに言う。そこがこの曲の解釈です。
Bridge では「最初の一音は静かでいい、そこから開く」と歌われる。漕ぎ出す瞬間を、大きな一撃ではなく、静かな一音から始めると宣言している。ビルド型の曲がクライマックスで「静かな一音」を置くのは勇気の要る設計ですが、原歌の「今は」という一語の重さを考えると、これが正しい。
Outro では「いまわこぎいでな」だけが二度戻ってくる。原歌の号令の句だけを残して閉じる、この曲でいちばん転置と構造が噛み合った箇所だと思います。
結
「夜の水位」を聴くときは、楽器が一つずつ増えていく順番に耳を向けてみてください。ギター、ベース、ドラム。それは月であり、潮であり、場の静けさです。条件が揃ったところで、曲は「今は漕ぎ出でな」と、静かに言います。
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